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毒雲日記

冴えないワ・タ・シのポイズンダイアリー

今週のお題「思い出の先生」

今週のお題

今週のお題「思い出の先生」

 

パッと思い出すのは3人の先生だ。

一人目は、好きだった先生が嫌いになった出来事。

小学校1年生と2年の時の担任の先生は、綺麗な女性だった。

僕の母親の弟(叔父さん)が結婚するというので、長期の休みでもないのに、学校を休んで、親元の北海道に帰省した。一週間ぶりに学校に戻り、自分の机の引き出しを開けてビックリ! 引き出しの容器が図画工作用の木工ボンドでベットリ塗られていた。

イジメだ! 僕はショックを受け、好きな先生に慰めてもらおうとスケベ心もあって、相談した。

返ってきたのは「知りませんよ」の一言だった。イジメ以上にショックだった。

後に中学校の同級生がその先生の息子さんだと知り、彼にそのエピソードを話すと、「母ちゃん、覚えてないってさ」と返事が貰えた。

僕の性格成形に重要なエピソードだった。

 

二人目は小学4年生の時の担任の先生だ。

彼女は、自分の自己紹介の時に「これからはアナタ達の時代だ」と語った。

小学2年の時に捻くれてしまった僕は、「てめぇ、まだくたばってないくせに、無責任ぬかしやがって。そんなに言うなら直ぐに隠居しやがれ」と反発心を抱いた。

その先生とは始終ソリが合わなかった。夏休みの自由研究で、地球環境の発表をした時、「テレビではオゾン層が壊されて、地球が泣いていると言うが、実際はオゾン層のある世界に合うように進化してきたのが生物だ。自分で首絞めて泣いてるのは、僕ら人間だ」と言ったら、僕の人間性をコテンパンになるくらい否定されてしまった。

先生は敵だ。学校はクソだ。義務教育なんて大嫌いだ。

 

三人目は、僕が不義理をしてしまった先生。

時代はとんで、大学生の時の教授だ。

僕が通っていた大学では、ゼミに所属するには事前の見学が必要だった。

児童文学作家である先生のゼミは文学研究のゼミだった。小説を書くことに憧れがあったが、妙な恥ずかしさから、そのゼミを見学する勇気が無かった。

所属するゼミを見つけられないまま、ゼミを申し込みする締め切りが迫る。見学したゼミの中から、適当なものを選ぼうと思った。

しかし、僕は先生の研究室のドアをノックしていた。僕は、ゼミ見学をせずに、無理を言ってゼミに入れてもらった。特例中の特例だったと思う。

先生は、ゼミの飲み会や文化祭の打ち上げなどに出ることを嫌がった。学生と仲良くなると、卒業後にパタリと音信不通になるのが、たまらなく寂しいのだと言う。教え子と指導する者の学校限定の関係のままでいたい、と言う。

そんな先生から、大学の夏季休暇中に電話があった。別荘のレコードプレイヤが壊れたようなので見て欲しいという。プロダクトデザインに興味があり、電気系に強そうなオーラ(オーラに過ぎない。今も昔も機械にためらわずイジるので壊し屋だ)を出していた僕が呼ばれた。

僕の欲目かもしれないが、先生から結構好かれていたのだと思う。レコードの修理のために、ずっと手早く確実な電気屋ではなく、滋賀に帰省中の僕を呼ぶのだ。先生の別荘に到着すると、壊れていたというレコードから尾崎豊の歌が流れていた。

今朝、再生したら直っていたと言う。先生と夏休みの過ごし方を話し、ゼミ生で作る合本に収録する小説の添削などしてもらった。うなぎ屋で食事して、交通費を貰って帰った。

卒業後、先生とは連絡をとったことは一度もない。

「今の学生は信用出来ないなぁ」と言った先生の言葉がシコリみたいに残ってる。

星たちのきらめく丘 (Y.A.Books)

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